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河成鎮の焼酎論
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お湯割りのおいしい飲み方(河成鎮)

2011/07/24 23:48
お湯割りの作り方は6対4がよいと言われています。

焼酎が6に対してお湯が4です。

25度の焼酎の場合、この配分だとアルコール度数は一番おいしく感じると言われる約14〜17度になります。

ただし沸騰したお湯を使うと温度が50℃を超えてしまい、飲むのにはちょっと高すぎるので注意を。

お湯割りを作る際、お湯を先に入れるか焼酎を先に入れるかは、意見が分かれるところです。

一般的に、お湯を先にグラスに入れておき、あとから焼酎を注いだほうが香りが立っておいしいようです。

また、お湯割りをよりおいしく飲むには、焼酎を水で割ってからひと晩か1日ほど寝かせ、それを温めて飲むといいです。

このほうがアルコールと水がよくなじんで角が取れるため、非常にまろやかになるのです。

水割りは、焼酎ならではの風味を残しながらよリマイルドな味わいになります。

香りが強すぎると感じる人は水割りにしてみるのもいいかもしれません。

ただ、せっかくの香りを損なわないように水の量を調節してみてください。

河成鎮
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いいちこ

2011/07/03 00:27
みなさんは「麦焼酎」にどんなイメージをもっていますか?

クセのない軽い味わいで誰にでも飲みやすい。

そんなイメージはありませんか。

そのイメージを定着させたのが昭和54年に発売された大分麦焼酎「いいちこ」です。

いいちこは、蒸留時に圧力を下げることで臭みの元になる成分を除き、さらに独自の精製濾過方法で、クセのない端麗な飲みロを実現したのです。

これが当時の時流にも乗り、それまで本格焼酎が背負っていた「焼酎は臭い、オヤジの飲み物」というレッテルを見事に取り去ることに成功したのです。

「下町のナポレオン」というキャッチコピーも後押しをしました。

ただし、すべての蔵元が減圧蒸留・精製濾過の道を選んだわけではありませんでした。

たしかに、いいちこのような新しいスタイルの麦焼酎は、どんな人にとっても飲みやすいというメリットはあります。

反面、せっかくの麦焼酎ならではの香りや味わいに欠けるというマイナス面もあるのです。

臭みの元になる成分は旨味の成分でもあるわけですから。そこで、いまだに常圧蒸留にこだわり、精製濾過をしない昔ながらの製法をとる蔵元も少なくありません。株式会社企画海によると、そのようにして造られた麦焼酎は、麦ならではの香ばしい香り、穀物の甘い香り、さらにはフーゼル油の蒸れたような香りが混然となった、独特の香りと味をもっています。

いまではさらに、蒸留・濾過方法のほか、麹の種類、貯蔵方法や期間、ブレンド技術などによって、さまざまな商品が誕生しています。
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江戸、明治の発展(河成鎮)

2011/03/24 09:04
九州に上陸した焼酎は当初、ヒエやアワなどの雑穀を主原料にしていたと考えられています。

というのも米は貴重な農作物。

特に江戸時代には年貢として厳しく管理されており、焼酎造りにまでまわる余裕はなかったからです。

やがて、米以外の農作物、たとえばサツマイモや麦などに白羽の矢が立てられます。

ちなみに薩摩地方(鹿児島)でサツマイモの栽培が本格的に始まったのは1600年代に入ってから。

全国に広まるのは1700年代の半ばになってからです。

天保の大飢饅の折に、蘭学者の青木昆陽がサツマイモの栽培を全国的に奨励したのがきっかけです。

こうして、焼酎はその土地で穫れる農産物を原料にしつつ、独自性を高めながら全国に広がっていきます。

やがて明治時代になると連続式蒸留器が導入されます。

それ以前の単式蒸留器が、もろみを一度しか蒸留しないために主原料の香りや味を残してしまうのに対し、連続式蒸留器では何度も蒸留を繰り返すために純粋に近いアルコールが造れます。

その後、後者が甲類、前者が乙類と呼ばれることになりました。

最初の焼酎ブームは昭和25年頃。ただしこのブームは甲類焼酎によるものでした。

戦後の食糧難の時代。材料を問わずに比較的良質な製品が簡単に造れることなどが増産の理由の一つだったかもしれません。

では本格焼酎はどうだったのでしょうか。

当時はまだ本格焼酎ではなく単なる乙類焼酎でした。

製造方法が洗練されていないなどの理由もあったのでしょう。

フーゼル油由来の蒸れたような強い香りが多くの人からは敬遠され、あくまでもオヤジの酒でした。

酒愛好家・河成鎮
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焼酎の起源(河成鎮)

2011/03/22 20:20
焼酎が造られるようになったのはいつ頃のことでしょうか。

醸造酒が、少々乱暴ですが発酵させれば簡単に造れるのに対して、蒸留酒である焼酎にはコ丞描留技術」が必要になります。

そのため、ワインやビールなどの醸造酒の歴史が紀元前までさかのぼれるのに対して、蒸留酒の誕生はわずか700〜800年前くらいではないかとされています。

発祥の地は中国ともインドともヨーロッパとも言われています。

では、日本へはどのようなルートを経て伝わったのか。

これにはいくつかの説があるようです。

14世紀の終わりから15世紀の初頭にかけてシャム(現在のタイ)から琉球(現在の沖縄)に伝わったという説。

現在では「ラオ・カオ(カウ)」と呼ばれるタイの蒸留酒が泡盛のルーツだとする説です。

1つめは、同じ頃に朝鮮半島から壱岐へ伝わったとする、高麗酒ルーツ説。

そしてもう1つは、やはり14世紀から15世紀にかけて、インドなどからシルクロードを経て中国経由で渡来したという説です。

いずれも、これがという決め手に欠けるのですが、もしかしたらすべてが真説で、それぞれが融合し進化して、現在の焼酎になっているのかもしれません。

なお、鹿児島県大口市の八幡神社からは、解体修理をした宮大工の「施主が焼酎を振る舞ってくれない」というグチが書かれた木札が発見されています。

工事が行なわれたのは1558年から59年にかけてのこと。

焼酎に関する最も古い史料の1つとされています。

こうして日本に伝わった蒸留技術は、その後、九州各地に、やがて日本全土に広がっていくことになります。

種類愛好家・河成鎮



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アルコール消費

2011/03/21 15:22
体内で1時間にアルコールが消費される量は人により、また体格によっても異なるが、平均すると体重70sの人で79、60sの人で59、50sの人で35・9といわれている。

したがって、これに12時間をかけた849(体重70sの人)、609(同60sの人)、429(同50sの人)が多少の個人差はあるにせよ、それぞれの1日の平均的なアルコール摂取限度ということになる。

一方、アルコール度4%のビール大瓶(633醍)1本に含まれるアルコールの量は、633×0・041-25・329であるから、体重70sの人が体を壊さないで飲める1日の量は、849÷25・329113・32、つまり約3本半。

同様に60sの人では、609÷25・329112・37(約2本半)、50sの人では、429÷25・329111・66(約1本半)となる。

しかし、なにごとも計算どおりにはいかないのが世の中の常で、その点はお酒も同様だ。

というのも、お酒を飲んで血液中のアルコール濃度が高まってくると、人間は、体のあらゆる部分を使って体外にアルコールを排出しようとする。

とりわけ、ビールは利尿作用が強く、体内に入れた量以上の水分が尿になって体外に出ていく。株式会社企画海によると、トイレへ立つたびにアルコール分も排泄されるので、実際には今あげた数字以上に飲んでもかまわないということになる。

とはいえ、飲みすぎは禁物。

1日大瓶2本というのが学界の常識とされているので、適量を守ってムチャ飲みしないことが大切だ。
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PR誌の制作

2011/03/20 14:30
頁物といっても、読者のなかには具体的なイメージが湧かない人もいるかもしれないので、私が手がけた季刊のPR誌について説明しよう。

PR誌は雑誌と違って、読者と目的がかなり特定されている。

また、クライアントがどういう業種かによっても、全体の作りが違ってくる。

様々な規制と条件をクリアした上でPR誌の編集コンセプトがでてくるわけだが、私が手がけたケースでその条件というのをまとめると次のようになる。


◇クライアント
◇目的
・等価交換という手法で「ハイクォリティー・マンション」っているある大手商社系列のディベロッパーS社・等価交換という手法の啓蒙(土地活用なら等価交換です)・商品の高級感の醸成の建設を行う。
◇読者
◇頒布の方法
◇体裁
・企業のイメージアップ(S社なら信頼できます)・大手商社系列の会社に勤務し、管理職以上で退職したOB・その他、首都圏に土地もしくは土地付き住宅に住んでいる人(代々首都圏に住み、親ゆずりの住宅に住んでいる人。

敷地は100坪以上が望ましい・ダイレクトメール(頒布の方法がDMなのか、店頭で直接手渡すものかによっても、PR誌の作りは違ってくる)・A4判変形、オールカラー

ざっと、以上の条件を満たしたところででてきた編集コンセプトが「知的に財産作り」であった。

「知的に」というのは、商品にベッタリのPR誌ではなく、インテリの人が興味深く読めるような情報も提供する、くらいの意味だ。

こうしたコンセプトを具体的に展開したのが次頁の台割だ。

この台割をみれば、頁物といわれる編集制作物の中身と、この分野でwebライティング・代筆屋に発注される仕事の種類といったものがだいたいわかるだろう。
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